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「40代目前に人生の軸を見つめ直した」一部上場企業の執行役員という立場を捨て、製造業から日本発の”GAFA”を生む

10月からキャディにジョインをした原申氏。新卒時には百貨店(松屋)に入社しバイヤー職に従事したあと、まだ70名程の規模のマクロミルにジョイン。営業から営業企画立ち上げ、営業マネジャー、採用、人事制度や組織・人材開発など人事領域全般、経営管理本部、新規事業など幅広い領域をご経験されてきました。マクロミルが2000人規模に到るまでの事業成長に貢献し、執行役員としてR&D本部を統括しながらニューロマーケティングのCentan代表取締役副社長もご兼任されてきたマルチプレイヤー。

彼がなぜ40代を目前にして、創業2年にも満たない、未経験の製造業という領域で新たなチャレンジをすることを決めたのか?ご本人からお話を伺いました!

ーー今日はインタビューよろしくお願いします!早速ですが、原さんはどんなキャリアを歩まれてきたんですか?

新卒で入社したのは百貨店でした。学生時代に学んだマーケティングがとても面白かったので、それを仕事にしようと思いました。マーケティングのコンサル会社も考えましたが、ユーザーの反応がダイレクトにわかってその都度PDCAが回せるような現場を体験したいと思い流通の業界に身を置くことにしました。

全社で一番忙しいとされていた婦人雑貨売り場に配属希望を出し、自社でまるっと編集する権限がある売り場を担当しました。いつどのタイミングで何を仕入れてどう利益を出していくのか、かなり広い範囲で裁量を持ちながら設計・実行しリアルなマーケティングを経験できたことはとても良かったです。

次第にマーケティングを極めたい気持ちが大きくなっていきましたが、マーチャンダイジング計画の多くは天気予報とバイヤーの経験則、いわゆる勘に基づいて行われていて、バイヤーが変わると売り場がガラっと変わってしまうような属人的なやり方に疑問を感じるようになりました。「もっと科学的にマーケティングをしたい」という思いで転職を決めました。

ーーなるほど。それで前職のマクロミルを選ばれたんですね。どんな軸だったんですが?

マーケティングを極めるには上流工程を経験しないといけないと思いました。当時2005年頃はライブドアが全盛期で、ネット系広告代理店のサイバーエージェントやセプテーニなども勢いがよくその道も考えましたが、出来上がった商品をどうプロモーションするかの前に、まずどんなニーズがあるかを捉えるマーケティングリサーチの方をやりたかったんです。マーケティング全体のプランニングをする上で欠かせない工程になるので。

また、マクロミルは当時70人ほどの規模でこれから大きく成長していくというフェーズだったことも、1-10,1-100をつくる経験を積みたかった自分には合ってました。結果在籍14年の間で2000人を超える規模に至り、営業から人事、経営管理、新規事業開発と多くの領域に携わりながら企業成長を牽引できたことはとてもいい経験になりました。

ーーたくさんの領域をご経験されたんですね。それぞれの役割ではどんなことをしてきたんですか?

まず営業として入社し、それまでなかった営業企画を立ち上げました。そのあと営業マネージャーとして実績を出し、年間20億くらいの予算も持たせてもらって。やりがいもあったし楽しくなってきたところだったんですが、当時の創業社長から「人事をやれ。後任はお前が指名していいからすぐに引き継げ」と言われて、半ば強制的に採用をやることになったんです。

その後、アンケート市場から発展したプロモーションの市場で何か新規事業開発ができないかという話があがりBizDevを担当することになりました。インタレストグラフを活用したスマホ向けアプリケーションサービスなどを展開しました。失敗したものもたくさんあったんですが、今では売上数十億円規模に成長した事業を立ち上げて役員になったのもその時です。PLの短期的な最適化に走りすぎてしまったことを反省して、中長期を見据えたR&D本部を立ち上げてAIを使ったサービス開発を推進するかたわら、買収したニューロマーケティングを展開するスタートアップの副社長を兼任するなど、短期間に密度の濃い経験ができましたね。

ーー営業、人事、事業開発とスーパーマンですね・・!キャディに転職するきっかけはどんなところにあったんですか?

40代を目前に、改めて自分のこれからの人生の軸をどこに置くかを考えるようになりました。その時に、大きい産業の深い課題を解決すること、社会貢献になるような事業に携わりたいと思うようになったんです。BizDevをやり始めてから調査の過程で世の中のいろんな課題を知るようになったことも繋がってると思います。あとは子供が生まれたことも大きいですね。この子の世代にいい世界を残したいなと純粋に思います

ーーなるほど、仕事でもプライベートでもいろんな経験を通して見える世界やモチベーションも少しずつ変化していったんですね。社会貢献軸でもなぜキャディだったんでしょうか?

120兆円という巨大な市場に挑戦するダイナミズムを味わえるのは大きいですね。 ITベンチャーなどで挑戦する事業は、大きかったとしても数千億~数兆円規模の市場規模であることが殆どの中、キャディが対峙している製造業というレガシー産業は頭1つ出ている。

また、日本発の圧倒的なグローバル企業になれる可能性を秘めていると思います。GAFA(※1)のような圧倒的プレイヤーが比較的少ない、チャンスの大きい市場です。国によるIT化の支援施策強化や、それに伴うデータの増大により本格的にテクノロジーが浸透しようとしているタイミングであることも追い風です。キャディのビジネスも設計に3D CADが普及し始めて図面の3Dデータが一定数蓄積されたからこそ実現していると言えます。

ーー市場とポテンシャルの大きさ、改革が進むために必要な条件が揃ったタイミング。その辺りが魅力だったんですね。原さんご自身の今までの経験が活かせそうだというイメージはありましたか?

自分自身のことで言えば、経営者や事業責任者という立場で蓄積してきた多岐にわたる経験を大いに活かせる環境だと思っています。今のキャディは急激な成長に伴って整備が必要な事象もポストも溢れています。その中で自分のできることはポジションや事業部に問わずなんでもやっていきたい気持ちですし、その中で新たにキャッチアップしなければならないことは当然ありますが、それは今までも同じなので壁には感じません。

ーーとはいえ製造業は未経験だと思うのですが、不自由に感じることはありませんか?

今までも新規事業の立ち上げをいくつも経験してきていますが、0から何かをつくる時、参考にできる例もあるものの、全ての条件が全く同じであることはありえません。他で会得したエッセンスを取り込みながらPDCAを回していく泥臭さが必要だと思うんです。今はアカウントマネジメント(AM)という組織をみていますが、一定最初はこの泥臭い部分を回していかなければならないと思っていますし、それ自体は苦に感じません。過去にも、自分が持っていた事業でフォーカスが足りずに赤字を垂れ流してた時にも、ここだと思う領域を3つに絞って、現場感を得るためにそれぞれ50社ずつ、計150社を2ヶ月強で訪問したりしました。データドリブンなマーケティングに従事してきましたが、結局本当の答えは現場にしかないと思っています。

ーー現場を大切にする、という姿勢はキャディの価値観にも合っていますね。

そうですね。選考の途中でキャディのカルチャーブックが完成したんですが、それを見て驚いたのを覚えています。「仕事をする上で自分が大切にしてることが全部ここに書いてある!」と(笑)。特に好きなのは「青臭くピュアな理想を持ち続ける」と、「至誠で道を拓く」。お客さんにもメンバーにも真摯に向き合う大切さを、いつも会社でも伝えていました。

ーーとはいえ、一部上場企業からまだ2年も経ってないスタートアップへの転職。周りから止められたりしませんでしたか?

友人からは「一部上場企業からスタートアップに行くんだから、役員とかで入るんだよね?」とか言われたりしました。でも自分にとってはそういう肩書きとかは正直どうでもよくて。あとは給料が半分になりましたが(笑)、「本当にやりたいことができるところに行ったらいいよ」と嫁ブロックどころか背中を押してくれたことはとても感謝してます。

ーー素敵ですね・・!最後に、今後の意気込みを教えてください。

シンプルに「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」というミッションを実現したいと思っています。そのために必要な役割は常に変化し続けるはずなので、その都度自分も変化させながら会社の成長を牽引していきたいです。そして究極は代表の加藤さんに代われる存在にならなければいけないとも思っています。同じ視座で物事を見れ、また彼にない部分を補っていきながら動ける人が増えれば、より推進力も増していくと信じています。

ーーありがとうございました!

原さん本人の退社&入社エントリーはこちらからお読みいただけます^^

(Photo by Yu Ueki)

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