This page is intended for users in India. Go to the page for users in United States.

タイで「日本ブランド」の地盤沈下? 若手大使館員がベンチャーと切り拓く未来

タイ・バンコクにて、左から在タイ日本国大使館 佐渡島志郎大使と、寺川聡一等書記官=2019年夏


これまで、社員数十人のベンチャーでも海外で成功できるのかというテーマで、ディープラーニングを手がけるベンチャー企業「ABEJA」で海外事業を担当する私自身や仲間の奮闘を伝えてきました。

そんな私たちがシンガポールに進出したのとほぼ同じ時期に、タイに赴任した大使館員がいます。在タイ日本国大使館一等書記官の寺川聡さんです。

2017年に経済産業省からタイに赴任。いちからタイ財閥のキーパーソンらとのネットワークを築き、日本のベンチャー企業とのオープンイノベーションを推進してきた方で、私たちは志を持って奮闘している彼の姿にずっと勇気をもらってきました。

日本企業はこれから世界でプレゼンスを発揮できるのか──。日本企業の海外展開を支える寺川さん自身のストーリーと、彼から見た日本企業の海外進出の現状などについて、本音で話してもらいました。(敬称略)


赴任して感じた、タイ人と日本人の大きな認識のずれ

タイに赴任したのは2017年6月です。

官僚は少なくとも一度は海外に留学するか駐在するかを選びます。私の場合、現場で泥臭く働くことが向いているので、海外駐在一択でした。

タイは学生時代にバックパックを背負って1カ月ほど旅行した国の1つでした。当時はドンムアン空港しかなく、ゲートを出た途端スパイスが鼻腔に絡みつくような独特な感覚に包まれたのを覚えています。赴任した2年前、キレイなスワンナプーム空港に初めて降り立ったときには、かつてのような感覚はなく「仕事なんだ」と気が引き締まりました。

タイを含むASEAN全体の人口は6.4億人。圧倒的に成長する市場の中で、タイは米国、中国に次いで3番目に日系企業の進出が多く、首都バンコクは世界で2番目に日本人が多い都市です。タイは自動車産業の集積地と思われがちですが、今や日系企業の半数以上が非製造業です。

私が赴任した2017年は、当時の世耕弘成経済産業大臣が、コネクテッドインダストリーズ(デジタル技術を活用してあらゆるデータをつなげることで、新たな付加価値の創出や社会課題の解決を図る構想)を打ち出したとき。タイは、日本が協業案件を創出するためのASEAN初のパートナー国に選ばれました。

そんな経緯もあって、私は当初、日本企業のデジタル技術とタイ企業の経営資源を組み合わせて協業案件を創出しようと考えました。ですが、現場を回ると厳しい状況が見えてきたのです。

まず日系企業を訪問すると、「タイ人は(技術やノウハウを)分かっていないから教えてあげる」という姿勢が目につきました。その割には、現地の、そしてグローバルなテックトレンドをキャッチアップできていない企業がほとんどでした。

多くの日本企業が第4次産業革命に向けた成長戦略を華々しく標榜しながらも、少なくともタイの現場の時計はずっと止まったままだと感じました。「まずは日本の本社で、その後に海外ですよね」と他人事な話もよく耳にしましたが、そんな内向きな姿勢で、この地で戦っていけるかは大きな疑問でした。


日本人は「NATO」

次に、タイ企業を回りました。大手の多くは創業家が代々経営する財閥です。創業家の第二世代以降は欧米の一流大学で博士や修士をとったエリートが多く、また優秀な海外からの人材を積極的に登用しています。そんな彼らは、悲しいことに、日本に期待を寄せていないことも分かりました。日本人は「NATO(No Action, Talk Only)」だと。日本から幹部が来るたびに表敬訪問をするが、次につながらない話をするばかりでうんざりする、ということでした。

また、彼らは、日本はものづくりの国でデジタルでは遅れているとの認識を強く持っています。タイ企業はデジタルの分野で欧米諸国や中国、イスラエルなどの先進的な企業との協業や投資を進めていますが、日本はもはや、そのパートナーとして見られなくなってきています。実際に、アリババ、テンセント、ファーウェイのような中国企業だけでなく、欧米企業もタイ企業に上手く入り込んでいます。これはタイに限らず、他の東南アジア諸国でも同じです。

日本とタイは、これまで良い関係を築いてきました。1980年代、日本が超円高で海外移転が相次いでいたころ、タイは外資企業の誘致策を強化しました。互いの目的が合致して、多くの日系企業がタイに進出した当時、日本は尊敬の眼差しで見られていたでしょう。

しかし、長い年月をかけて上の世代が築いてきた日本のブランドが、昨今は崩れてきている。そんな事実を私は現地で目の当たりにしました。私たちのような若い世代が、そのブランドを食い潰すことなく、新たな付加価値をつけて、次の世代に引き継がねばならないと強い危機感を感じたのです。


現地のキーパーソンをどう攻略するか

タイで開催されたスタートアップデモデイ。1000人以上を動員し、音楽ライブさながらの盛り上がり=2019年9月

タイ経済で大きな影響力を持つのは、大手財閥です。例えばタイ最大の財閥、CPグループ。祖業のタネから肥料、農産物、畜産、加工食品まで広げ、国内のセブン-イレブンを1万店舗以上も経営し、通信事業、生命保険、スマートシティ開発、自動車生産など多分野で事業を展開します。5年前に伊藤忠商事と組んで中国中信(CITIC)に1.2兆円を投資したことは日本でも有名だと思います。

外資企業がタイでビジネスをする場合、大手財閥と協業しないと成長は難しいケースが多いです。しかし、財閥の門戸は固かったです。赴任した当初、協業パートナーを探していた私が会えたのは、事業とは関係のないコーポレートや政府渉外の人ばかりで、事業を統括する経営陣やキーパーソンには会わせてもらえませんでした。日本以上に「政府」という存在は上手く付き合っておけばいいと思われているのだと痛感しました。

そんななか、芸術への造詣の深さなど人間的な魅力から、現地の財閥経営者の信頼を集めている特異な人物が佐渡島志郎大使です。大手財閥の経営陣を大使公邸に何度も招いて、地道に問題意識をぶつけ、秘密保持契約の締結やフォローアップミーティングを重ねる中で信頼関係を築きました。


試行錯誤でキーパーソンとの信頼築く

財閥の経営陣にも複雑な政治力学が働いています。当初、キーパーソンだと目されていた人物と議論を深めると、実は主流派ではないことが分かってくることも少なくありません。でも、その人に改めてキーパーソンを紹介してくださいとは言えないので、親しいタイの友人をたどるなどしました。キーパーソンを探り当てて信頼関係を築くまでには多くの失敗と苦労ばかりでした。

あるとき、彼らと対話する中でどのようなパートナーを求めているかと聞いたことがあります。

返ってきた言葉は「日本の大手企業は意思決定が遅すぎる。スピード感があって、ほかにはない強みを持つスタートアップに来てほしい」でした。

言い換えれば、両者を持たないスタートアップはまったく相手にされないでしょう。東南アジアに関心があるから担当者を出張させてみようというノリは通用しません。また、欧米や中国の具体的な企業を示されて、比較優位性を問われた日本のスタートアップを何度も見ました。

大手財閥は起業家精神が旺盛です。スタートアップの創業者が大手財閥出身であることが多いのもその表れです。彼らは、スピード感のある大胆な事業投資を行いますし、日本とは異なる新興国特有の課題を抱えるため、日本のスタートアップが協業できれば大きなチャンスとなります。


成果から逆算した、オープンイノベーションの仕掛け方

主催イベント、Rock Thailandにて=2019年3月

2017年後半、私たちは、タイの大手財閥や政府高官らと集中的に議論を重ねながら、コネクテッドインダストリーズを具体化させるための戦略を練り上げました。

その一つが、「オープン・イノベーション・コロンブス」プロジェクトです。日本のスタートアップとタイ財閥に加えて、日系企業と日タイのスタートアップとの協業を加速化させるための枠組みで、マッチングや、投資インセンティブ・スマートビザの政府優遇策などをまとめたものです。

その関連で、著名なVCや専門家で構成された10名の有識者委員会を立ち上げ、私もその都度シンガポールに出向いて、具体的な進め方を議論しました。

実施したのは、熱量の高いタイの財閥経営陣同士で日本のスタートアップを競って取り合う「Rock Thailand」というマッチングイベント。政府主催のマッチングはロクでもないという不都合な真実からスタートしたので、有識者が求める要求水準はかなり厳しかったですね。

一般的なマッチングイベントでは、不特定多数の観客に対して一般公募を経たスタートアップがピッチをすることが多いのですが、Rock Thailandではスタートアップが単独でリーチしにくいタイ財閥の創業家や経営陣を観客としました。また、財閥が抱える課題をもとに日本のスタートアップを80社ほどリストアップした日本のスタートアップから、財閥に本気で会いたい企業を選んでもらった後に、私が1社ずつ声をかけていきました。


ほしい部分を補い合える組み合わせが次々誕生

一番苦労したのは、タイ財閥が抱える課題の整理です。AIやIoTのソリューションが欲しいとざっくり言われても、スタートアップを絞り込めません。そのため、財閥に具体的な提案依頼書(RFP)の作成を依頼することにしました。しかし、その内容は、単なる受託業務に過ぎないものが多く、スタートアップの成長に寄与できないものだと分かりました。

スタートアップが裁量を持ってソリューションを提案でき、かつ、予算も手当てされる課題を把握すべきとの結論に至ったわけですが、財閥からその条件を満たす回答が容易に出てこないので、何度も先方のオフィスに足を運んでは現場の人も含めて長時間議論を重ねていきました。このプロセスなくして、財閥との間で高いシナジーが発揮できるスタートアップをリストアップできなかったため、有識者の皆さんに心から感謝しています。

結果的に、最も熱心に議論をしてくれたCPグループがイベントの共催を申し出てくれました。同社の会長や社長をはじめ、大手財閥の経営陣が多く集まるイベントになったため、タイのテック界隈からも注目されました。当日の各社間の個別面談なども事前に調整していたので、翌週から早速現場を訪問し、新製品のプロトタイプを納品するスタートアップも出ています。次は、タイとインドネシアでツアー形式のイベントを開催しますが、インドネシアでは大手財閥のシナルマスグループが共催します。

あわせて、タイのスタートアップと日本企業の協業に向けた取り組みも始めています。この1年で日本の大手企業による東南アジアのスタートアップへの関心は飛躍的に高まっています。タイでは新興国特有の課題を克服するスタートアップが出てきていますが、テックドリブンなケースが少なく、プロダクトの品質向上や差別化が難しいため、日本企業の技術やノウハウが生かせる事例が出てきています。


日本は世界の市場の一つでしかない。一番いい場所を選んで起業すべき

最後に、ビジネスパーソンではないので偉そうなことは言えませんが、日本だけでなく世界で一番いい場所を選ぶ、という考え方をお伝えしたいと思います。

タイ発のICOユニコーンであるOmise創業者の長谷川潤さんは、ASEANという成長市場と共同創業者の人脈からタイでの起業を選びました。長谷川さんは「もし日本で始めていたら成功できなかった」と言っています。

もちろん日本で頑張るのもいいし、日本の官僚である私としても嬉しいです。日本は現時点で市場規模が大きく、起業するならまずは生まれ育った日本から、という考え方も理解できます。しかし、日本で起業して日本の投資家から資金を調達すると、日本で成功するまで海外進出に慎重となり、いざ海外に出ると日本でしか通用しない組織やサービスゆえに通用しない、という失敗例をよく目にします。

笑い話に近いですが、私がタイで出会った日本のスタートアップの中には、悪い意味で日本の大企業と変わらないと思うことも少なくありません。


「野球でいう野茂や大谷になって欲しい」

30年前は世界に占める日本のGDP比率は20%近くありましたが、いまは5%程度に過ぎません。日本は世界の市場の一つにすぎないわけです。起業家が思い描く成長戦略を実現するために、「いつ」「どこで」起業や海外展開をすべきかを考える必要があります。本来どこで事業を行うかは、事業内容やチームに並ぶ重要要素ですが、「まずは日本で成功する」が当然の前提になっていることが多い印象です。

日本は横並び意識が強いので、海外で挑戦して突出した成功を収めるスタートアップが出てくれば、それに続く企業も増えていくと思います。私は、ABEJAがタイに乗り込んできたとき、「野球でいう野茂や大谷になって欲しい」と話したことがありましたね。それはABEJAがリスクを負って海外展開した以上、ぜひ次のスタートアップが続く成功事例になって欲しいと願ったからです。スタートアップの成長戦略が多様化していくことを願っています。


タイの日常風景=2019年春

タイは東南アジアで事業拠点を構えるには良い国の一つです。

バンコク都市圏に多様な企業、工場、ハブ空港、エンタメなどあらゆる機能が集約化されています。日本でいうと、東京、大阪、名古屋がすべて合わさったイメージです。最近は、シンガポールでなく、タイを地域統括拠点として選ぶスタートアップも出てきています。何より、インドネシアなどに比べ、タイは外資企業に優しい国ですので、外国人創業のスタートアップも多いです。

また、B2Cビジネスでも大きなチャンスがあります。スマホの普及率が高く、平均視聴時間は世界有数の1日9.5時間。例えばLINEが占める市場占有率は非常に高く、日本で展開していないLINE TVも運営し、動画コンテンツを自社制作しているのは世界でもタイだけと聞いています。

日本のスタートアップがタイに本気で進出されたり、大手企業がタイのスタートアップと本気で協業したい場合には、最大限のサポートをしますので、遠慮なくご連絡ください。


インタビューを終えて

タイで寺川さんに会うまでは、経産省のキャリア官僚というと、そつがない感じでベンチャー企業の人間と気軽に会話するようなイメージはありませんでした。寺川さんが、起業家のように大きなビジョンを立て泥臭く周囲を巻き込んで邁進する姿にそれまでの官僚のイメージががらりと変わったのを覚えています。

財閥と聞くと、大企業だから意思決定も遅いのだろうと想像する人も多いと思います。寺川さんの話からは、そうしたイメージが思い込みだと分かりました。自分たちに一番いい場所がどこかを見極め、これだけは強いという競合優位性とスピード感でチャンスをつかんでいくとともに、次の世代に日本ブランドを引き継げるよう努力したいと改めて思いました。


【ベンチャーの海外進出Tips】

1. 日本企業よりも財閥の意思決定は早い
○ その場で意思決定できるスピード感がなければならない
2. 本当の専門性が求められている
○ ほかにはない差別化できる強みをもって相手に臨む
3. 日本は世界の市場の一つだという意識で市場を選ぶ
○ 実現したいことがどの市場だと最も実現しやすいのかから考える

(2019年9月30日掲載のForbes JAPANより転載)

株式会社ABEJA's job postings

Weekly ranking

Show other rankings
If this story triggered your interest, go ahead and visit them to learn more